▽「国連や日本政府とけんかしても全員で帰国しよう」 平林さんが、襲われた同僚たちと対面したのは野戦病院だった。血だらけの仲間が次々と運ばれてくる。高田さんの顔は血の気がなく真っ白。平林さんは思わず叫んだ。「たかたー!」。すると本人の体がぴくっと動いたが、返答はない。「厳しい」。最悪の事態が頭をよぎった。
PKO協力法改正 国連平和維持軍(PKF)本体業務への参加の凍結解除と武器使用基準の緩和を柱とする改正国連平和維持活動(PKO)協力法が、2001年12月7日の参院本会議で与党3党と民主党などの賛成多数で可決、成立した。1992年の同法成立以来、初の本格改正で、自衛隊の活動範囲が大きく広がることになる。 改正法は、停戦監視や放棄武器の処分などPKF本体業務への参加を解除。さらに、派遣自衛隊員が武器 ...
南スーダンの治安が悪化し、民族紛争ぼっ発の恐れもささやかれる中、政府は現地の国連PKOに参加する陸自施設部隊の交代派遣を決断した。日本がカンボジアに初めて部隊を派遣(1992年)してから間もなく四半世紀を迎えるが、筆者は「PKOの性格は以前と ...
国際的な平和や安全を維持するため、国連の総会か安全保障理事会の決議に基づき、国連が統括して行う活動。交戦する部隊の引き離しや治安回復、停戦や選挙監視などがある。日本では、1991年の湾岸戦争を契機に国際貢献のあり方が焦点になり、92年にPKO協力法が成立し、カンボジアへ初めて自衛隊が派遣された。南スーダンへの施設部隊派遣は2011年に決まった。
最初のカンボジアPKOでは事前に射撃訓練すらできなかった 布施この本のために渡邊先生に取材させていただいて一番印象的だったのが、「派遣前に射撃訓練もできなかった」というお話でした。 布施祐仁著『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実 ...
ボスニア内戦時のサラエボ国際空港に展開した国連PKO部隊撮影:黒井文太郎 先日、とある番組で、自衛隊の南スーダン撤退に関して、お話しさせていただく機会がありました。 南スーダンからの撤退については、撤退すべきという意見が多いことは承知して ...
2017年12月上旬、コンゴ民主共和国で近年における「最悪の事態」と言及された国連平和維持活動(PKO)部隊への襲撃によって隊員14人が殺害された。 1993年にソマリアの首都モガディシュで起こった戦闘以来、最多の死者数を出した今回の事件によって、現在 ...
レバノンに地上侵攻したイスラエル軍が、国連の平和維持活動(PKO)の一つである国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)を攻撃しています。なぜイスラエルはPKOをも攻撃対象にするのか。PKOの役割や立場とはどんなものなのか。国連アフガニスタン支援 ...
紛争後の国づくりに自衛隊が貢献する意義は大きい。経験と実績を踏まえ、日本の信頼を高める取り組みを続けたい。 自衛隊の本格的な海外派遣に道を開いた国連平和維持活動(PKO)協力法はきょう、成立から30年の節目を迎えた。 協力法に基づき ...
国連平和維持活動(PKO)に参加し、内戦状態のアフリカ・南スーダンで活動した陸上自衛隊の部隊を率いた田中仁朗(よしろう)さん(52)=現・教育訓練研究本部訓練評価部長=が9月、毎日新聞の取材に応じ、海外派遣の実態や自衛隊にとっての意義を ...
日本が初めて自衛隊をカンボジアの国連平和維持活動(PKO)に派遣して今年、25年を迎えた。当時、国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)の事務総長特別代表としてPKOの陣頭指揮をとった国際文化会館理事長、明石康(86)に、PKOの経緯や現状、南スーダン ...
一部の結果でアクセス不可の可能性があるため、非表示になっています。
アクセス不可の結果を表示する