「2024年の12月は1番しんどい時期だった。酒の飲み過ぎで、身体より心が疲れていた。そんな中おばあちゃんが、末期の癌。富士山ホールでの初ライブを見に来れず。でも親の意向で、おばあちゃん自身には癌とは知らせず、また退院したら富士山ホールでライブをやってね、と。頑張って生きていた。お見舞いに行った後の、東京への帰り道はしんどかった。なんでもいいから愛されたかった。誰かと一緒に居たかった。その時浮かんだのは、家で待ってる当時の彼女に早く会いたい。彼女の手料理で愛を感じたいだった。そんなメンタルがめちゃくちゃ沈んでる時にできた曲。人って本当に無責任に期待してくる。やめてほしい。そのくせ、その期待に応えられなかったら、俺を悪くするんでしょ。俺はもう小さい頃からずっと目標を立てるのが苦手だった。だって達成できなかったら、失敗になるから。怖かった。逃げていた。嫌なことから逃げて、努力することから逃げて生きてきた。いまだに。何か手に入れたいものがあっても、努力する必要があるなら平気で諦める。だから周りからも期待されるのが嫌い。平気でファンは、新曲を出すたびに天才とか言ってくるし、顔も知らない親戚は、
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「2024年の12月は1番しんどい時期だった。酒の飲み過ぎで、身体より心が疲れていた。そんな中おばあちゃんが、末期の癌。富士山ホールでの初ライブを見に来れず。でも親の意向で、おばあちゃん自身には癌とは知らせず、また退院したら富士山ホールでライブをやってね、と。頑張って生きていた。お見舞いに行った後の、東京への帰り道はしんどかった。なんでもいいから愛されたかった。誰かと一緒に居たかった。その時浮かんだのは、家で待ってる当時の彼女に早く会いたい。彼女の手料理で愛を感じたいだった。そんなメンタルがめちゃくちゃ沈んでる時にできた曲。人って本当に無責任に期待してくる。やめてほしい。そのくせ、その期待に応えられなかったら、俺を悪くするんでしょ。俺はもう小さい頃からずっと目標を立てるのが苦手だった。だって達成できなかったら、失敗になるから。怖かった。逃げていた。嫌なことから逃げて、努力することから逃げて生きてきた。いまだに。何か手に入れたいものがあっても、努力する必要があるなら平気で諦める。だから周りからも期待されるのが嫌い。平気でファンは、新曲を出すたびに天才とか言ってくるし、顔も知らない親戚は、
視聴回数: 14.5万 回1 か月前
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